【涙腺崩壊】逸見政孝さんの癌告白から酒絶ち・ゴルフ絶ちをした武さん。どうしても弔辞を読むことができなかった理由を知ったら、今でも泣けてくる・・・

d71fb3db9570a4d28011fc35ab876bde72755f6e

スポンサーリンク

しかし声を詰まらせながら話したその目は、心なしか赤い。

そして、助手役の小島奈津子アナウンサーから「長いようで短かったですか、6年間は?」と聞かれると、たけしさんは俯いたまま声を詰まらせながら、

やっぱり、いろいろね、、、いろんな人のことをこう、、、ありがとう。

そう話すたけしさんは、泣いているふりなどではなく、明らかに本当に泣いていた。

 

番組の最後に流れたのは、1991年10月19日放送の第1回での「放課後」コーナー。

生徒が帰り、たけしと逸見さんが2人だけで放送を振り返るトーク。
そのラストシーンは、談笑した2人が席を立ち、肩を組んで教室をあとにする背中で終わるのである。

バラエティとは思えない、切なく悲しいエンディングでした。。。

IFrame
たけしは逸見さん没後も交流が続いているそうで、逸見の長男・太郎は、1998年の映画HANA-BIで俳優デビューをしている。

太郎さんデビュー時には、逸見さんの希望を強く汲んで、本人、家族を説得して、たけしの意見を通したという。

逸見の長男・太郎は、1998年の映画HANA-BIで俳優デビューをしている。

父の死後、留学を取りやめてデビューすることを強く望み、周囲に力添えを貰えるよう相談していた。

しかしたけしは猛反対し、逸見の希望通り留学を全うし卒業することを勧めた。太郎はその意見に従いエマーソン大学を卒業してから帰国。

改めて芸能界に臨んだという。

また、芸名を“TARO”にしようと考え、たけしに告げた際に「犬じゃねぇんだから」と一蹴。

現在まで本名の逸見太郎で活動している。

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でバズるネタ特集をフォローしよう!

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です